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2013年9月17日 (火)

岸の姫松

 台風一過、皆様におかれては、被害等はなかったでしょうか?猛暑、竜巻、集中豪雨、台風・・・今年は本当に災難が続きます。また今回も全国、多くの方々が被害にあわれました。心よりお見舞い申し上げます。
 さて、本校に赴任してすぐに、「松がある!」と感じました。学校に松が植わってる!新鮮な驚きを感じました。また、数日して道沿いに植わっている松には由来があることを知りました。学校のことはもちろんですが、この松も、台風で被害にあっていないかと心配しました。

正門前にある「岸の姫松・五本松」の由来書です。長くなりますが、下のほうに全文を書いております。歴史を感じます。
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写真では三本あるのがわかります。
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少し離れてもう一本
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旧正門付近の風景です。学校の敷地内にも数本、松があります。
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「岸の姫松・五本松」の由来について
住吉の 岸の姫松 人ならば
  幾世かへしと 問はましものを (古今和歌集 読人知らず)
江戸時代後期の「住吉名勝図会」(寛政七年刊)に、帝塚山と岸の姫松が街道に沿って描かれています。この岸の姫松については「摂津名所図会」(寛政八年刊)に「いにしへより岸姫松と稱(しょう)することは一樹に非ず、すべて住江(すみのえ)の岸の濱松をいふなるべし。姫は賛美の詞なり、或は大神秘蔵(だいじんひめ)置き給う義ともいふ。今住吉街道の東の岸、岡山なる所にあるを、むかしの岸の姫松の残なりといふは、後人附會(ふくわい)の説なり。惣(そう)じて社頭の松をいふ。と記され、また、「摂津名所図会大成」(安政二年刊)にも「街道の東の岸の岡に一むらつづきし松をいへり、是いにしへの岸のまばらののこりなりといふ、尤(もっとも)岸の姫松と稱することは一樹にあらず、すべて住吉の岸の濱松をいふなるべし」と述べられています。
 住吉の 新田ふえて 年年に
   あとずさりする 岸の姫松 (江戸時代後期の狂歌師 大田南畝)
古くはこの界隈にも松林が続き、松の木が多く茂っていましたが、市街化され、今は住宅地となって、わずかに五本の松だけが、本校の道路に沿って残されました。地域の人々は、説に後人付会ともありますが、岸の姫松との由縁を大切に思い、「岸の五本松」と呼んで長く親しんできました。現代は一本が立ち枯れて四本になりましたが、本校では、地域の人々とともに、これらを「岸の五本松」として大切にし、末永く見守っていこうと、多くの人にご協力をお願いしています。
平成二十一年三月吉日 大阪府立住吉高等学校

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